地球のように生命を宿す星は宇宙にあるだろうか?これはガリレオの時代以降、誰しもが一度は発するであろう根源的な問いです。近年、急速にその知見が集まりつつある宇宙に広がる水惑星の形成や進化を、どうしたら統一的な視点で理解し、生命にまでつながる学問体系?すなわち「水惑星学」を創成できるでしょうか。 我々は、水を持つ天体上で生じる化学反応と物質循環の理解がその突破口だと考えています。本領域では、地球科学(地質学・地球化学・生命圏科学)と惑星科学(惑星天文学・惑星気候学・太陽系探査学)の有機的な融合を推進し、地球のような絶妙な水量を持つ惑星の誕生条件を解明する「水惑星の形成論」と、天体質量や水量の異なる太陽系内の水惑星たちの水環境や生命代謝可能エネルギーの定量化を行う「水惑星の進化論」を構築します。これらは、将来的には、太陽系天体での生命探査、太陽系外に存在する地球型惑星の環境推定、地球生命史の解明へと発展していき、「地球の普遍性」「宇宙における生命」といった自然科学における根源的問題に答える礎となります。 本領域では、このような統一的視点を持ちつつ、各天体に対して以下のようなゴールを定めて研究を進めます。
写真3点:©NASA
火星は、地球軌道の外側を公転している太陽系第4惑星です。公転周期は地球の約2倍,自転周期は地球のそれと非常に近く、また地軸を傾けて公転しているため、火星には四季があります。現在の火星は、二酸化炭素を主成分とする非常に希薄な大気を保持するにとどまり、寒冷で乾燥した惑星となっています。一方、近年の火星研究により、かつては磁場や厚い大気、そして液体の水(海・湖)が存在していたことがわかってきました。また、過去の海洋水の大部分が、現在でも凍土や含水鉱物として地下に存在している可能性も示唆されています。このように火星は、少なくてもある一時期において地球に似た表層環境を有し、かつ地球から最も近距離に位置する生命の生存可能性の高い惑星として、精力的な研究が行われてきた天体です。 火星は、かつて、そして現在でも生命が存在しうる惑星なのでしょうか。過去に火星表面の最大1/3を覆っていた海水は、広範囲にわたり三角州や渓谷といった流水地形を形成し、さらに表層の岩石と反応することで、様々な種類の含水鉱物を形成しました。また、火星から飛来した隕石(100個以上)からは、岩石と水が反応して形成された粘土鉱物や炭酸塩鉱物が多種類発見され、それらには火星の大気や水の情報が記録されています。本領域では、火星探査による分光観測データをもとに、水の関与で形成された含水鉱物や凍土・流水地形の分布を詳細に検討します。さらには、水-岩石反応実験や火星隕石の化学分析により火星の水の化学状態(pHや溶存種)を推定します。最終的には、これらの研究で得られる、地質学や地球化学的情報を総合することで、火星で起きた水循環の歴史を明らか星生命圏モデルを提案します。
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氷衛星とは、木星や土星といった巨大ガス惑星を周る、氷と岩石からなる衛星です。これら氷衛星には、地下に広大な液体の海?内部海を持つ天体も存在します。岩石に含まれる放射性元素の崩壊熱やガス惑星との潮汐熱によって衛星内部が暖められることで、氷成分が溶けているのです。木星の衛星エウロパ、ガニメデ、カリスト、土星の衛星エンセラダス、タイタンには、このような内部海が存在すると考えられています。特に、エンセラダスとエウロパでは、氷地殻の割れ目から宇宙空間に内部海が噴出しており、探査機による分析や観測によって、内部海の化学組成だけでなく、生命の生存可能性にも迫れるのではと期待されています。 しかし、氷で閉ざされたこれら氷衛星の内部海にも生命の可能性はあるのでしょうか。氷衛星表面に太陽光や荷電粒子が照射され、水氷の分解に伴い酸素分子を始めとする酸化物が生成されます。一方、内部海の海底では、水-岩石反応によって水素分子などの還元物や陽イオンが供給されます。このような酸化物と還元物が内部海に十分供給されれば、これらを反応させて生命はエネルギーを得ることが可能です。本領域では、氷地殻での化学反応や氷の変形流動、海底での高温高圧の水-岩石反応を室内実験によって明らかにします。そして、探査機や大型望遠鏡の観測結果と比較することで、表層-内部海の物質循環モデルや氷衛星生命圏モデルを提案します。
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小惑星とは、太陽を回る天体のうち、8つの惑星(といくつかの準惑星)を除き、さらに周囲にガス放出が観測される彗星以外のものを指します。多くの小惑星が火星と木星の軌道の間にある小惑星帯(メインベルト)に属しますが、一部は地球軌道に接近・交差する地球接近小惑星や、太陽と木星を頂点とする正三角形位置に存在するトロヤ群小惑星などもあります。さらに、1990年代以降、海王星以遠の領域にも冥王星のような氷天体が非常に多く存在することがわかり、太陽系外縁天体(エッジワースz・カイパーベルト天体)と呼ばれています。これら小惑星の多くには、構成物質に水分子が含まれていると考えられています。例えば、小惑星帯最大の天体ケレス(セレス)は、近年、探査機ドーンによって詳しく観測され、内部に氷の存在を示唆する証拠がいくつか見つかっています。 実は、今から約46億年前の太陽系では、細かいちりから微惑星と呼ばれる直径が100 km程度の天体がまず作られ、それらがさらに合体成長して原始惑星になったと推定されています。小惑星帯には衝突で生じた破片天体がたくさんありますが、破壊をあまり受けていない小惑星は直径100 km前後のものが多いことがわかっています。つまり、小惑星は微惑星の生き残り、もしくはその破片だと考えられます。日本の小惑星探査機「はやぶさ2」は地球接近小惑星リュウグウを2018年から探査します。リュウグウは水または氷を含んだ微惑星の破片天体と予想されており、その母天体内部では岩石や有機物を変性させる温泉活動があった可能性があります。本領域では、はやぶさ2の探査による実証を通じて、最も小さく単純な「水惑星」として微惑星の実像を解明したいと考えています。
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地球は、現在のところ、生命の存在が確認されている唯一の天体です。生命が天体上で誕生し維持され進化するために必要な条件というのは、本当のところはよくわかっていませんが、地球型の生命を考えた場合、少なくとも液体の水が必須であったと考えられています。地球はよく「水の惑星」と呼ばれていますが、地表面に出ている水、つまり海水の量は、地球本体の質量に対して、わずか0.023%に過ぎません。地球内部には数倍の海水量の水が存在していると考えられていますが、それでも地球本体とくらべるとわずかです。このわずかな水量が生命誕生にとって本質的であったのかどうかを明らかにするためには、地球を調べるだけではわかりません。水量やサイズが地球とは異なる天体(火星・氷衛星)を詳しく調べ、地球と比較検討をすることが重要となってきます。将来的には太陽系外の惑星との比較も可能となってきます。 地球の極めて少ない水量がいかにして地球にもたらされたのか、そして、地球表層と内部でどのように水が分配されたのかといった疑問を明らかにするため、本領域では、地球への水の供給源であった可能性が高い45億年前の微惑星の水量を、現在進行している小惑星探査(はやぶさ2やOSIRIS-REx)から復元し、最新の惑星形成理論に組み込むことによって、地球水量の決定に挑みます。表層と内部への水の分配については、地球形成時に岩石がドロドロに溶けたマグマオーシャンの進化過程を詳細に追うことによって明らかにします。地球の海が誕生した直後の海水量だけでなく、海水の組成も、実験と理論から明らかにし、地球上で生命が誕生した環境がいかなるものであったのかを復元することを目指します。
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